生物多様性や文化多様性など,「多様性」を人類が守るべき価値とする主張をよく耳にします。それはおそらく,グローバル化が進行するなかで,均質化に対抗する考え方として勢いを増してきたのでしょう。
では,生物や文化の多様性は,どのようにして生まれ,培われてきたのでしょうか。それは,生き物が生活し子孫を残す土地,人々が出会い感動を共にする町といった,地域空間の存在と切り離すことのできないプロセスであるはずです。
もちろん,インターネットを介したやり取りのように,物理的な場所を超えた世界が人間の行動様式を大きく変えたことは事実です。しかし,だからこそ,生身の土地への関わりとそれを共有する人々の繋がりが,かつてない重みをもつのではないでしょうか。
故郷に眠る祖先の霊に祈りを捧げつづける人。津波でさらわれた土地を前に復帰を心に誓う人。新天地に第二の故郷を見出だした感動に浸る人。人は,地域空間を舞台に紡ぎ出される過去と未来の繋がり,そして現在を生きる者どうしの繋がりで支えらえています。
ですから,生物多様性や文化多様性は,たんに種や言語の数が多いということではなく,地域空間の豊かさ,つまり地域多様性がもたらした恵みでもあるのです。そして,そうした多様性は,私たちが日々眺め,感じている地域の風景のなかに最もよく表れています。
では,地域多様性を育てるにはどうすればよいのでしょうか。風景は地域多様性を映す鏡のようなものですから,家並みや街路樹に表面的に手を加えても,地域多様性は豊かになりません。鏡の中の像に絵具で着色しても,映っている元が変わらないのと同じことです。
しかし,風景が地域づくりに強い動機づけを与えてくれることも事実です。地域の豊かさを自ら診断するための手掛かりは鏡の中の像,つまり風景にあるからです。人は,風景に勇気づけられ,またやつれた姿に気づいたときは,落胆から立ち直ろうとするでしょう。
風景の経験をモチーフとして,人と場所の関わり,そして関わりを共有する人の束なりを紡ぎ出すこと。そして,グローバルな人や文化の交流から吸収しながら,地域空間の関わり合いの回路を活性化すること。それが地域多様性を育てる最良の方法ではないでしょうか。
都市コミュニケーション研究所は,まちと人の関わり,そして関わりを共有する意思をもつ人々のコミュニケーションを支援することを目的として,その方法論を理論・フィールドの両面から編み出すための活動を行なっています。